行ったり来たりコーヒー(長文)

どうも、ご無沙汰しています。
嶋田コーヒーです。

最近めっきりイベントの回数も減りましたが、まだまだ元気です。

ここ数ヶ月、
不思議とコーヒーの淹れ方や焙煎について聞かれる機会が多く、
自分の中で見直すことがたくさんありました。

どうしても感覚でやってしまうようなところがあるので、
慣れれば慣れるほど、知識の面は軽視しがちに
なってしまう自分がいます。

改めて問われるとうろ覚えになっている部分も多く、
久々に各文献を紐解いて、焙煎の仕組みや、
コーヒーの味覚表現まで見返してみると、
当たり前ですが、奥の深さに舌を巻きました。

しかし、これがやはり面白い。

人に説明をするために、解りやすい言葉を探していると、
自分の理解の浅さに気がつくことがよくあります。
解りやすい説明が出来ないのです。

もちろん、感覚が物を言う世界なのは間違いないのですが、
自分の感覚の筋道に沿ってしか人に伝えられないのであれば、
それはとても残念な世界ですよね。

相手の感覚に立って考えてみる時に、
知識って必要なのかもしれないと思います。
(知識の方が感覚より引き出しが多いイメージ)

結果としてでてくる「美味しい。」という言葉を聞くために、
その人がどういうことを大事にして、どの部分がストライクで、
ということをその人側から俯瞰していく工程はとても面白いです。

例えば、ある人はコーヒーを淹れている時、
一番テンションが上がるのは豆が膨らむかどうか、だと言います。

焙煎したては豆は膨らむし、膨らむかどうか自体は美味しさには
あまり関係無い、と教わってきた自分としては、
どう伝えたら良いのか一瞬迷ったのですが、

「でも、この人が一番満足いく形でコーヒーを出せたとして、
その時の味って自分ではたどり着けない味かもしれないなあ。」
と思ったのです。

さて、そんな気持ちで参考文献を読み始めると、
今まで気づかなかったことも見えてきたような気がして、
久々にマイペースにコーヒーの造詣を深めていくことが出来ました。

コーヒーの淹れ方も焼き方も、どんなやり方でやっても
良いはずなんですが、「美味しい」というラインを求めると、
どうしても何かに偏ったやり方を選ばざるを得ないのは、
時にもどかしいです。

自分の感覚も知識も積み重ねなので、
それを信じて一つの形にしなければいけない
と同時に、感覚と知識を常に横断していかなければ、
自分が面白いと思うものには中々たどり着けないのだなあ、と。

まあ、いつも同じような話をしてしまっているんですけど・・!


今回の焙煎では、いつも気になっていて、
でも中々自分の中で切ることの出来なかった、
コーヒーの後味の雑味を、消すことに意識を向けてみました。
ご用意する豆は、ルワンダ、コロンビア、東ティモールの3種類。


結果として、焼きあがった豆を挽いて飲んでみると、
確かに後味がクリーン。
自分の好みとしては、もう少し旨味が濃くなって欲しいので、
今回は一週間後くらいに照準を合わせようとは思いますが、
思った通りに焼けて、一先ず満足しています。

ルワンダは紅茶のような、コロンビアは赤ワインのような、
東ティモールはウイスキーのような、それぞれの味わいとしては
ざっくりそんな感じですが、
なんか今回は味覚表現も直前でガラッと変えてしまうかも。

そんな次回の嶋田コーヒーは、11月22日の日曜日!
3連休の中日ですが、場所はいつもの恵比寿
GOLDEN BOYにて、お待ちしております。

詳しい告知は1日後!

何卒よろしくお願いいたしますー。


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